福富幸宏

立東社『プリプロダクション』2000/8月号掲載



『いかにメロディーがないトラックを成立させるか』
をテーマにした125BPM
ノン・ストップ福富トラックス



 世界的に高い評価を得たミニ・アルバム「Brasilia2000」から1

年。満を持してのフル・アルバム『ON A TRIP』は、聴く者をジャス

/ラテン・ハウスの世界へクールに導いてくれる。そのルーツは何処

にあるのだろうか。福富トラックスの秘密を探ってみた。



--5年ぶりのフル・アルバムはコンセプトが『125BPM』ということですが、どのような

発想からですか?

福富:ずばりハウス・ミュージックのBPMです。しかし、ハウスの12インチ・シングルっ

て慣れてないと買いずらかったりしますよね。CDのDJミックスやコンピレーションものは

初めての人でも入りやすい。そこで、オリジナルでありながらもDJミックス的な作品にし

よう、と思いまして、テンポを統一することでアルバム全体で1セットというような構成

を意識しました。実際、クラブでDJする時も1時間くらいの間に同じBPMで曲によって緩

急を演出していきます。それと同じ感覚ですね。実は、『125BPM』は4曲ほど出来上がっ

た後に思いつきまして、テンポ合わせをやり直したんです。

--レコーディング期間はどのくらいですか?

福富:昨年の11月から今年の4月までです。ただし、スタジオに入っていたのは正味1ケ

月でしょうか。ボーカル曲はNYでレコーディングしましたが、日本に帰ってきてからアレ

ンジし直しました。

--今回もジャズ・ブレイクやラテン/ブラジリアン・ハウスといった福富テイスト満載で

すが、もともとジャズやラテンは好きだったのですか?

福富:いえ、どちらもDJを始めてからです。もともとパンク/ニューウエイブ世代で、リア

ルタイムで学んだものを掘り起こす過程でジャズやラテンに興味を持ちました。きっかけは

クラブで他のDJがクラブ・ジャズなどをかけているのを聴いてからです。

--ヒップホップでもジャズの影響があると思うのですが、原因はどこにあると思いますか?

福富:それは黒人音楽のルーツだからでしょう。ラテンもジャズもハウスのルーツだと思う

んです。例えば、今ヒップホップやラップやってる連中の親父が昔ソウル・バンドにいたと

か、ジャズ・ドラマーだったとか、そういう音楽の消化のされ方ってあると思います。ジャ

ズもラテンもハウスのルーツですね。

--今回のアルバムは、クラブ・トラックでありながら、家で本読みながらでもすんなり楽し

めるのですが、何か工夫された点がありましたら教えてください。

福富:このアルバムに限らず『いかにメロディーがないトラックを成立させるか』というの

が、僕のテーマなんです。音楽の3要素は"リズム、メロディー、ハーモニー"と言われます

が、メロディーなしでいかに楽曲として成立させるか。僕は耳を引っ張る要素はメロディー

にはしていないんです。体感要素、つまり、体で感じるグルーヴやサウンドの印象、いわゆ

るコード感やサウンドの質感を重視しています。メロディーがないと、間違うとカラオケに

なるんですが、そうならずに楽曲として成立するのがクラブ・トラックだと思うんです。メ

ロディーは体で感じられるか? と言うと難しい話しになりますが、メロディーから曲を作

ることはありません。グルーヴ最優先です。

--「新譜のここを聴いてほしい」というアピール・ポイントがあれば教えてください。

福富:僕はクラブでDJする時ですら「踊ってくれ」とは思っていないんです。酒のツマミや

話しのネタにしてくれればいいな、と。もちろん、盛り上がって来たら踊ってくれればうれ

しい。言葉を使わないのは『こう聴いて欲しい』というのがないからなんです。それぞれの

イメージで楽しんで欲しいです。「これ聴きながらメシ食うと美味いんだ」とか(笑)

--しかし、すごいレコードの量ですね。レコードのどこに惹かれますか?

福富:CDは記号を音に変換していくデータ・ストレイジですが、レコードはマテリアル。
CDはデータだから究極の正解の音があるはずだし、なければならない種類のメディアだと思
うんですが、レコードの音には正解が絶対にない。レコードは記号じゃないんです。科学的
にどうこうじゃなくて、感覚的というか自然の力というか、やっぱり音楽的なところですね。

《CDクレジット》

『ON A TRIP』

cutting edge CTCR14158

¥2,854 発売中



インタビュー&文:布施雄一郎